もう2度と会えない…1年前に先輩が死んでから焦燥感と後悔の日々だったが、ようやく前へ進めそうだ

 

昨年の8月に、僕の職場の先輩が亡くなりました。

それから1年がたち、ようやく前を向けそうなので記事にします。

もし、あなたが死にたいと思っているのなら。

この記事を読んで思いとどまってほしいです。

 

先輩とぼく

先輩は、僕が入社した会社の教育係。

たまたま、お互い同じソフトテニスをしていた。

「顔は知らないけど、名前は聞いたことがある」という出会いでした。

先輩は、自分にも他人にも厳しい人で、思えばよく怒られてたな。

鬼のような顔をしながら、仕事をするもんですから、最初は「なんだこいつ」って思ってました。笑

でも、どんなに忙しくても要領よくこなす先輩を見て、次第に憧れていきました。

 

仕事はマジメだけど、飲み会になると、別人みたいに陽気になる先輩。

フラフラになるまで飲んで、家の前で寝てたり、かばんを無くしたりと、アホな部分も。笑

土日は二児の父として、子育てを頑張っていました。

とっても頼りになる先輩で、僕も先輩みたいな大人になろうと、ひそかに尊敬していたんです。

そんな先輩と最初の別れが訪れました。

最初の別れ~部署異動になる~

先輩が、異動で違う部署へ。

「異動先の部署は残業が多くキツイところらしいけど、先輩なら大丈夫!」

そう思いながら、笑顔で送迎会をしました。

でも内心では

「職場内の中心だった先輩が抜ける...」

「僕が先輩の分まで頑張らないと!」

そう思い、それからは今まで以上に仕事に励みました。

それから半年たったある日

先輩の異動から半年間、僕は仕事に励み、職場内でも中堅のポジションに。

ツライ仕事があっても「先輩ならどうする?」と考え、乗り越えてきました。

そんなある日、先輩が仕事で訪ねてきました。

先輩「おー、久しぶりだな。」

先輩「子ども産まれたんだって?」

先輩「今度お祝い持っていくよ」

いつも通りの明るさで、そう言ってくれた先輩。

僕「ありがとうございます!」

僕「楽しみにしています」

数十秒程度の短い会話でしたが、元気そうで何より。

「さすが先輩、異動先でもうまくやっているんだな」

そう思い、仕事に戻りました。

でも、それが先輩との最後の会話になるなんて、その時は夢にも思っていませんでした。

うつ病で休職する

それから数か月後。

最近姿を見ないなと思っていたら、うつ病で休職してると聞いたんです。

「えっ?なんであの優秀な先輩が?」

うつ病とは1番程遠いような人だったので、僕は混乱しました。

「パワハラにあったみたい」

「取引先にいびられているみたい」

色んな噂を聞いたけど、どれが本当かはわかりません。

「励ましのLINEを送らなきゃ!」

そう思いましたが、後輩から変に励まされても、余計に傷つくだけかなと思い、連絡するのを辞めました。

「少し休んだら、また戻ってくる」

「それか、退職して別のところで働くだろう」

その時はそう思ってました。

「先輩が回復したら飲みに行こう」

その願いは一生叶うことはありませんでした。

永遠の別れ~先輩の死~

大きなイベントに向けてパタパタしている中、元同僚から連絡が来ました。

緊迫した声で...

元同僚「先輩の住所って〇〇か?」

僕「はい、そうですけど。」

僕「何かありました?」

元同僚「・・・」

元同僚「死んだって」

は?

耳を疑った。

「あの先輩が?なんで?全然意味がわからない」

頭の中はハテナだらけ。

何かの悪い冗談だ。

そんなわけない。

「頼む、同姓同名の人違いであってくれ…」

そう願いながらネットで調べました。

が、僕の願いははかなく散り、告別式の案内に先輩の名前が。

5分間ぐらいパソコンの前で固まった。

その後、同僚にその事を告げて、大人になって初めて人前で泣きました。

その後のことは、よく覚えていません。

たしか、仕事も手につかなかったはず。

家に帰ってからは妻に話して、また泣いた。

次の日も泣いた。

先輩がどんな思いで自殺したのかと、考えれば考えるほど悲しくなったんです。

告別式にて

しばらくして、告別式がありました。

葬儀場には長蛇の列が。

「先輩は愛されていたんだなぁ」と実感しました。

葬式では泣かずに送り出そうと思ってた。

でも、葬儀場の中に入ると、そこにはまんべんの笑みを浮かべる先輩の写真が。

そんな写真を見ると、涙が溢れそうに。

「いや、泣いたらダメだ。」

「泣いたら先輩が天国に行けない。」

そう思って、泣かないと決めていた。

でもダメだった。

焼香のときに、僕の目に入ってきたのは残された家族たち。

父親が亡くなったことを、理解せずにキョトンとしている子どもの姿を見ると、涙が止まらなかったんです。

先輩、なんで死んだんだよ。

焦燥感と後悔の日々

葬式に行ったら、吹っ切れるかなと思ってましたが、そうはいきませんでした。

仕事をしてても先輩のことを思い出す。

ソフトテニスをしてても先輩のことを思い出す。

なぜそこまで思い出すのかというと、それは先輩を救ってあげれなかったと、自分の無力さを責めていたから。

先輩が亡くなる数か月前に、こんなLINEを送りました。

「雑誌の契約更新しときますよ!笑」

僕は、社内で発刊している雑誌の管理担当でした。

先輩を笑わせようと思って、そう送りました。

「そんなもんいらん!解約しとけ!笑」

普段の先輩なら、そう返すはず。

そんな返事を待ってました。

でも、既読はつくけど、返事は返ってきません。

いま思えば、

「僕がもっと気の利いた言葉をかけていればよかったんだ。」

「みんなで何かしてあげればよかったんだ。」

そんな後悔の連続でした。

妻の支えで立ち直る

後悔ばかりで、気持ちが暗くなる毎日。

そんな、深く深く沈んでいく僕を引き上げてくれたのは、妻でした。

「すんのせいじゃないよ」

「いつまでも、泣いてたら先輩が天国にいけないよ」

そう言ってくれた妻の支えで立ち直ることができました。

「そうだ、僕には妻も可愛い子どももいる」

家族のためにも、前に進まないといけない。

そう思い、気持ちを新たにして働くことに。

そのあとからは、仕事に家族に、趣味にと、今まで通りの生活に戻っていきました。

人生は1度しかないと気づく

ろうそく

僕は先輩の死がきっかけで、生と死について深く考えました。

そして、ふと気づいたんです。

「ああ、人生って一度しかないんだな」と。

当たり前のことだけど、ふつーに生活していたら忘れがちでした。

そう思うと、

「これから先、何十年もそんなに好きでもない仕事を続けるのか...」

「給料のためだけに、働くのか...」

「・・・」

そんなのはいやだ。

人は遅かれ早かれ、いずれ死ぬんだ。

だったら、自分が好きな事、やりたいことに全力を注ごう!

そんな考えになり、公務員のような安定した仕事を辞めました。

辞めてからは、精神を病みそうな時もありましたが、今では毎日楽しく生きてます。

仕事に家族に夢、日常風景。

僕にしか歩けない道の上で、精一杯生きてます。

そしてこれからは、悩んでいる人を救う人になろうと、カウンセラーになりました。

もしあなたが悩んでいるなら、いつでも相談してください。

これを読んでいるあなたへ

長くて拙い記事を、最後まで読んでくれてありがとうございます。

最後に僕から伝えたいメッセージがあります。

 

もし、あなたが「死にたい」と思っているのなら絶対にやめてください。

ありきたりな言葉ですが、残された人が悲しみます。

死ぬほど悲しみます。

 

もし、あなたの周りに「死にたい」と思っている人がいるなら、止めてください。

どのように止めたらいいのか答えはありません。

逆効果になるかもしれません。

それでも、どうにかして止めてください。

あの日の僕みたいに後悔しないように。

 

そして、楽しく生きてください。

人間必ずいつかは死ぬんです。

1日1日死に近づいているんです。

 

もしあなたが今、やりたくもない仕事をしているのなら、辞めてください。

自分に合った仕事はいくらでもあります。

僕も仕事を辞めてから、本当に好きな仕事をすることができました。

好きな仕事をすると、毎日が楽しいです。

日曜の夜も、月曜の朝もいい気分ですよ。

あなたも死ぬ前に後悔しないような人生を送れるように、1歩踏み出してください。

 

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